シライサンがつまらないと感じてしまう理由はこれだ

公開前からすでにシライサンについての情報を当ブログに書いてきたのですが、先日ついに劇場公開されたシライサンを見てきました。

原作とストーリー展開の大枠は同じ。

イヤホン360という新たな取り組みもあり、初めてスクリーン上にその姿を現した時は結構怖いです。

油断してると驚かされます。

 

まだ少ないながらも読者からのコメントを読ませていただいていると、「楽しみです!」といった書き込みもされておりました。

僕も原作の内容が好きなので、映画をワクワクした気持ちで見に行ったのですがこれが残念。

 

おもしろくありませんでした。

 

映像で初めて見たシライサン自体は確かに面白かったです。

だけど映画オリジナルのストーリー展開(特にラストの方)がひどい。

原作も監督も同じ乙一こと安達寛高さんなのですが、どうしてしまったことでしょう?

最後の方、僕の心の中から”怖い”という感情が吹き飛んでいました。

 

呪いの設定があやふや

今回比較対象として挙げられている鈴木光司原作の『リング』に登場する貞子の場合、呪いの設定は極めてシンプル。

「ビデオを見た者は7日以内に死ぬ」

という設定。

 

まだネットはおろかDVDすら発達してない当時は、斬新な発想でした。

当時を知らない初見の人でも、見たら怖い設定だと思います。

「ネットの発達した現代でこれをやると1発アウトだ・・・」

と思えるくらいの内容です。

『アナベル』なんかでも呪いの対象が人形と非常にシンプルな映画。

人形の持ち主の身の回りに怪異現象が起こり、死にいざなうわけです。

捨てても戻ってくるというベタな設定ながら、ハラハラ感を感じさせる展開はこの手の作品の王道です。

 

・・・一方の『シライサン』の場合、呪いのかかるorかからないの境界線があやふやです。

人づてにシライサンに関する怪談話を聞くことで呪いに感染してしまうというシステム(正確には”ストーリー”+”シライサン”という名前を知ること)。

聞くだけでなく、文章で怪談話を読むだけでも感染します。

原作でも映画でも、呪いにかかったかどうかの明確な線引きがあやふやです。

ビデオや人形といった、あなたの家庭のどこにでも転がっているものに宿るからこそ怖さを感じさせるのですが、怪談話だと少しあやふやです。

怪談話の土地に行き呪われてしまうとか、鈴を持っておくと呪われるみたいな話にすると、もっと分かりやすかったなぁと感じています。(よくある設定だけど)

貞子の登場するリングなんかは、呪いにかかったとき電話がかかってきたり、写真を撮ると顔がぐにゃぐにゃに写ったりと、呪いの線引きが明確でした。

 

呪われた主人公の身の回りに死んだ友人の霊が現れたりもしますが、見せすぎなんです。

死んだ人の霊とかだと、後ろに気配を感じて振り返るといない・・・みたいな見せ方が基本。

安達寛高監督の描き方だと、死人の登場シーンが数十秒と長すぎます。

眼球が破裂して登場してくるあたり、シライサンのいいブランディングになってるけど、登場のさせ方がくどいかなぁ・・・という印象。

高橋洋監督などと比較すると、ホラー映画の映像表現につたなさを感じました。

 

100%生き残る方法が映画の途中に分かってしまう

貞子もシライサンも、主人公の周りで科学で説明できないような変死事件が起こり、自身にも迫りくる怨霊の恐怖に怯えながら呪いの謎を追うという展開。(リングの場合はタイムリミットもある)

完全に呪いを解く方法が分からないからこそ怖いのです。

リングだって、解き方が分かるのは映画の一番ラストの部分のみ。

(しかも原作では解いたはずが2作目で主人公は貞子の呪いにより命を落とす)

映画を見ている人の唯一の安堵するポイントはどこかというと、呪いを解除する方法なわけですよね。

このトップシークレットはぜっっっったいに教えてはいけません。

簡単には教えてならないものです。

知ってしまうと、ホラー映画の怖さが半減してしまいます。

(最後までハッキリ教えなくてもいいくらい)

 

と・こ・ろ・が!

シライサン作中では、呪いから逃れる方法が途中で分かってしまうのです。

 

その方法というのが

見ている間は寄ってこないということ。

(完全に解明されたわけではない)

予告でも大々的に言われている通り、目をそらしては死ぬのです。

見ている間はよってこないというのは、シライサンという恐怖から逃れるためのトップシークレットにするべき情報のはず。

映画中盤、生き残り被害者の口からこの方法が明かされたときはガックリきました。(原作を読でいたので僕は知っていましたが)

これではゲームの攻略法が分かったも同然。

 

またちょっとネタバレをすると、この後さらに呪いの恐ろしさそのものを台無しにしてしまうほどの呪いから逃れる方法を飯豊まりえ演じる村山瑞紀が思いつきます。

(書くとあまりにもシラケてしまう方法なので書きませんが)

呪いをネット上に拡散しようとするシーン以降の展開はひどいです。

出演している役者さんたちの良さもぜんぜん発揮しきれていないです。

ハラハラドキドキ感をまったく感じませんでした。

呪いを解くという恐怖から逃れるための至上命題を苦労して苦労してやっと捕まえた・・・と思ったら、まだ呪いは解けていなくて絶望だけが残る・・・という貞子。

これに対してシライサンは、謎解き要素が余りにもトントン拍子で進んでいきます。

呪いから逃れる方法が余りにも簡単です。

特に今の時代だと、スマホやSNSを使えば簡単に逃れることができてしまいます。

・・・といった点から、僕は深く感情移入できませんでしたね。

 

幽霊は何度も登場するべきでなはない

これは僕の持論なのですが、幽霊というのは作品内に置いて神格化された存在であるべきです。

ゲームのラスボスが簡単に戦いの舞台に出てこないのと同じように、貞子や伽耶子のような主役霊は簡単に登場するべきではありません。

怖さが軽減されてしまいます。

もちろんあえて何度も登場させて方が怖い作品もありますが、この手の映画だといかに少ない登場回数でその姿を見せることなく見ている人をビビらせるかがおもしろいところです。

死まみれの顔の女が現れたら確かに怖いです。

インパクトはあります。

でも何度も登場しては逆効果です。

(呪怨にも言える)

 

劇場で見たとき、横に座っていた女子高生と思しき2人組の女の子は顔を背けたりしていましたが、僕からすると微妙です。

白昼堂々と何度も姿を見せるのも、シライサンという恐怖の存在の価値を落としてしまっています。

道のあちこちにダイヤモンドや金塊が落ちていると、価値なんて誰も感じませんよね?

 

ストーリー展開

原作はおもしろかった。

けど映画は微妙。

特に映画のラストの方が原作と違うオリジナルストーリーで、展開がコロコロとするのが微妙です。

飯豊まりえ演じる瑞樹が頭を打って○○○○状態になってしまうラストは失笑物です。

シライサン発祥の地である目隠し村の話や、死人の手に穴を空けて鈴の付いたヒモを通すなど最高にいいなぁと思ったのですが、映画後半の展開は雑さを感じずにはいられません。

結末はバッドエンド。

しかし『リング』や『残穢』のような圧倒されるようなものは全く感じませんでした。

 

役者の演出

飯豊まりえさんなんかは、普段TVで見せる人柄とは反対の役柄を演じていて新鮮でした。

染谷将太さん演じる酒屋の若者が怪談話を聞かせるところも雰囲気があってよかったです。

 

でも役者の演技力が100%出しきれていません。

演技がヘタなのではなく、脚本が甘いからです。

新聞記者間宮とその奥さんのキャラクターが持つ魅力を原作のように感じ取れませんでした。

出演時間もほんのちょっとだったし、

「シライサン!この人だけは呪い殺さないで欲しい!生かしてあげて!お願い!」

みたいな感情移入もできなかったです。

 

シライサンというキャラ自体は斬新でよかった

とまぁ、僕がつまらないと感じた個所をまとめてみました。

2作目もこんな感じなら僕は原作だけでいいかなぁーと思います。

安達寛高さんも今回、映画の監督をやるのは初めてとのことだったので。

もし次回作もしくは別の映画を監督する場合は、どんな表現をするのか?

 

前述の通り、何度も幽霊が登場するのは良くないけど、シライサンというキャラは斬新でおもしろかったです。

眼球が破裂して心不全で死んでしまうという発想や、映画作中での遺体の見せ方は「おふぅっ!」と思わせられました。

イヤホンでシライサンがヌチャ・・・ヌチャ・・・と不気味な足音を立てながら近づいてくる音が聴ける表現もおもしろかったです。

(DVD版では収録されるのか?)

小説の続編では今後、シライサン誕生秘話のより詳しいことや、呪いの詳細はどんなふうに明かされてていくのか?

そこらへんを読んでみたいです。

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